大阪地方裁判所 昭和28年(行モ)5号 決定
申立人は相手方が昭和二十八年五月十九日別紙物件目録記載の電話加入権に対してした差押につきその取消を求める訴(当庁昭和二十八年(行)第四九号所有権確認等請求事件)を提起するとともに、右差押にもとずく公売処分の執行停止を申立てた。当裁判所は右申立を理由なしと認め次の通り決定する。
主文
本件申立を棄却する
(裁判長裁判官 相賀照之 裁判官 石沢三千雄 裁判官 石川恭)
物件目録
一、電話 天王寺五、〇五九番 電話加入権
原簿上の登録名義
市川裕三こと市川二
以上
(参考)
1 申立書
原告 岩切克修
被告 大阪国税局
外一名
右当事者間の御庁昭和二十八年(行)第四九号所有権確認等請求事件につき被告大阪国税局に対して本訴の目的物たる天王寺局五、〇五九番の電話加入権(登録原簿上の名儀人は市川二)差押にもとづく昭和二十八年七月二十七日公売処分は原告が甚だしく損害を蒙るので本訴の終了まで執行を停止する旨の御下命を賜りたく本申立致します。
昭和二十八年七月二十日
原告 岩切克修
大阪地方裁判所御中
2 意見書
申立人 岩切克修
被申立人 大阪国税局長
外一名
右当事者間の御庁昭和二八年(行モ)第五号公売処分執行停止命令申請事件(本訴は昭和二八年(行)第四九号所有権確認、差押処分取消等請求事件原告岩切克修被告大阪国税局長外一名)について被申立人大阪国税局長は昭和二八年七月二九日付求意見にもとづき次のとおり意見を陳べる。
一、行政事件訴訟特例法第十条第一項によれば行政処分の執行は原則として出訴によつて妨げられない。
ただ、行政処分の執行停止が命ぜられる場合はその処分の執行により生ずべき償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があるときに限られている(同条第二項参照)。そしてこの趣旨が結局金銭をもつて償うことのできない損害を避けるため緊急の必要がある場合を指称するのであることは学説ならびに従来の裁判例に徴して明白である。
本申立において申立人は天王寺税務署長(以下単に天王寺署という。)が訴外大阪市天王寺区細工谷町四三番地建築金物販売業市川二(通名裕三)(以下単に市川という。)にかかる昭和二七年度所得税金一万六千百二十円也(申告第二期分三、二六〇円、申告第三期分一二、八六〇円)及びこれに附帯する利子税、延滞加算税の滞納処分としてなした市川所有名義の電話加入権一(天王寺局五〇五九番)に対する昭和二十八年五月一九日付差押処分は違法であり、この公売が執行されれば償うことのできない損害を蒙るというが、被申立人大阪国税局長(以下単に国税局という。)はその差押処分が違法な処分でなく、かつ、この公売執行により申立人に償うことのできない損害を与えることはないと考える。
すなわち、
(1) 市川が現在滞納中の所得税は
(年度) (税目) (期別) (納期) (督促状発付) (指定納期) (税額) 二八、七、三一現在仮計算による
(利子税額) (延滞加算税額)
円 円 円
二七 所得税 二期分 二七、一一、三〇 二七、一二、四 二七、一二、一八 三、二六〇 三六〇 二九〇
〃 〃 三期分 二八、三、一六 二八、三、二四 二八、四、四 一二、八六〇 一、〇〇〇 六〇〇
〃 〃 更正分 二八、四、三〇 二八、五、一八 二八、五、二九 四九、七五〇 二、五五〇 一、一六〇
計 六五、八七〇 三、九一〇 二、〇五〇
(注 更正分は二八、三、三一付更正同日付更正通知書発送。)
総計金七万一千八百参拾円也であつて、天王寺署は本件電話加入権の差押を執行するに至るまで市川に対しては数次にわたりその納付方を催告し、あるいはしようようして来たのであるが、当時市川は事業失敗により容易に納税資金の調達ができない状況にあり、その後未納のまま時日を徒過し、差押当時市川には本件電話加入権を除いては他に適当なる差押物件が皆無の状態であつた。
(2) 天王寺署としてはやむを得ず右の電話加入権を差し押えることとし、念のため電話加入者原簿により市川の所有名簿であることを確認したうえ昭和二八年五月一九日付で本件差押処分を執行したのである。
ところが申立人は国税徴収法の規定により昭和二八年五月二九日付をもつて天王寺署に対しては再調査の請求を同年六月八日付で国税局に対しては審査の請求をなし、本件差押にかかる電話加入権が申立人の所有に属する旨を主張し、その差押の解除を求めてきたので天王寺署及び国税局はおのおの申立人の請求の原因たる事実について綿密な調査を遂げたうえ昭和二八年六月二日及び同年七月一五日をもつてそれぞれ右の請求を棄却する再調査及び審査の決定をなした。
(注 この棄却決定の理由については別紙疏乙第一号証「審査決定書」(写)を参照せられたい。)
従つて、国税局としては天王寺署が本件電話加入権差押にあたり、電話加入者原簿に登録された名義が市川であることを確認したうえ同人が加入者としての権利、義務を有すると信じ、その処分を執行したのは当然の筋合であつてなんら違法な差押処分ではないと考えている。
もとより、申立人が主張する「本件電話加入権の実際の所有者が市川でなく申立人自身であり、これに対する差押処分が違法である。」ということについては国税局はこれの本案訴訟の審理において詳細な反ばくと立証を試みるであろう。
なお、附言するが、天王寺署は本件差押当時、市川にかかる前示の昭和二十七年度所得税更正分四九、七五〇円は未だその督促の指定納期限を経過していなかつたため本件差押にかかる滞納税金としては計上していなかつたが、この滞納税金については処分執行後昭和二十八年五月三十日付で国税徴収法施行規則第二九条により別紙疏乙第二号証「交付要求書」のとおり交付要求をなしているから、現在本件の差押電話加入権は市川の前記総滞納税金徴収のための引当にせられている次第である。また市川は地方税その他の公租公課も相当額滞納しておりこれらの滞納金徴収のため他の徴税機関等による交付要求もなされる見込である。従つて、このような場合を予想すれば到底本件電話加入権の換価金のみではこれら全部を満足せしめ得ないと思われる。
以上のような事情の下に提起された本申立の場合において償うことのできない損害を生じないことは明らかであつて、もし、天王寺署が今後本件差押にかかる電話加入権を公売に付した後、かりに本案訴訟において被告等敗訴の判決をみた場合であつても、国はその公売処分によつて申立人に与えた損害を金銭をもつて賠償するのであつて(国家賠償法参照)、これにより申立人に与えた損害は完全に償われるのであるから、償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があるともいえないのである。
二、天王寺署が市川に対してなしている電話加入権差押のみによつてその後執行されるべき公売処分の執行停止が容易に許容されるとすれば厳正かつ公平であるべき徴税事務の運営が著しく阻害される虞がある。この公正の見地さらには国家の財政収入確保の見地からも本件執行停止は公共の福祉に重大な影響を及ぼすものといわねばならないから行政事件訴訟特例法第十条第二項但書前段の規定の趣旨にもかんがみ本申立は許さるべきものではない。
昭和二十八年八月六日
被申立人 大阪国税局長
塩見俊二
大阪地方裁判所第二民事部御中
(疏乙第一号証)
大局徴収(一)第三六九号
昭和二十八年七月一五日
審査請求人 岩切克修殿
大阪国税局長 塩見俊二印
決定
国税徴収法第三十一条の三の規定によるあなたの昭和二十八年六月八日付審査の請求については次のとおり決定し同条第5項の規定により通知します。
要旨
あなたの請求の趣旨について理由がないと認めますから、これを棄却します。
理由
事案の内容を審査するに、請求人が事実疏明のため提出した疏甲第一号証昭和二十七年十一月二〇日付売渡担保契約書及び同第二号証昭和二十八年五月一七日付契約書は、滞納者市川二が昭和二十八年五月一四日ないし昭和二十八年五月一七日頃請求人の要求により作成した私書証書であつて、後日、これに請求人が確定日付を付したものにすぎないからその証書の真正な成立について特別の証拠力があるとは認め難い。
まして、市川が請求人に対する債務履行の担保のため、差し入れた本件電話加入権をさらに他の債権者、北方久吉(大阪市南区上汐町三番地)に対する債務履行につき請求人に対すると同様の方法でその担保として重ねて提供していること及び現在に至るもなお請求人及び北方の両名とも本件電話加入権を名実ともに完全に譲り受けていない(本件電話加入譲渡につき電話官庁の承認を経ておらず、従つて移転登録も了していない)事実があることから推して前示の請求人と市川との売渡担保契約そのものにも信をおき難く、かつ、その証書による契約内容自体も明確に理解できない。
他方、電話加入権は加入者が電話を使用し得る電話官庁に対する一種の債権であつて、電話規則に定められた一定の制限の下に譲渡性を有するものであるから、請求人は本件差押にかかる電話加入権を差押以前にいわゆる売渡担保の目的物として取得したものであると主張するならば請求人に対する電話官庁の加入譲渡の承認(電話規則第七条第一項)とその移転登録がなされた事実を証明せねばならない。そうでない限り本件の電話加入権が請求人に属するものとは認め難い。
けだし、加入譲渡は電話官庁の承認及び登録によりその対外的効力を生ずるものであるからである。従つて、天王寺税務署長が本件の電話加入権差押に当り、電話加入者原簿に登録された名義が市川であることを確認したうえ、同人が加入者としての権利義務を有すると信じ、その処分を執行したのは当然の筋合であつて、なんら違法な差押処分ではなく、本審査請求における請求人の立証の程度ではまだその認定をくつがえすに足る心証を得ることができない。
よつて、原処分庁である天王寺税務署長のなした昭和二十八年六月十二日付再調査の決定は妥当であり、請求人の請求には理由がない。
なお、請求人は昭和二十八年六月二十三日付補充申立書をもつて「民法第一七七条の規定は公権力の発動たる行政処分には適用がない。」とした判例を引用し、同じく対抗要件としての登録を要する電話加入権についてもこれを類推し、差押債権者たる国は譲受入たる請求人の登録の欠缺を主張し得ず、本件差押処分が違法であり、取消されるべきであるというが、国の徴税処分は私人に対する公権的な強制徴収手続であるから一般私法上の取引関係とはその性質を異にするものであるけれども、租税債務者が第三者に譲渡した不動産を国が租税債権にもとづいて差し押えたような場合にもやはりこれを私法上の債務名儀による強制執行の場合と同様に扱い民法第一七七条に規定する対抗要件の原則を用いて解決するのが正当であり、不動産移転登記を欠く譲受人は自己の所有権をもつて国に対抵することができないものと考える。
けだし、租税債権を保護することの必要性はごうも一般私法上の債権と異るところがなく、そのうえ国が登記のない不動産の譲受入に優先するとしてもその譲受入に通常の場合に比し特に不利益を加重することにはならないからである。
かえつて、請求人の主張する見解を採るときは自己の取得した権利につき未だ登記を経由しないものはその権利をもつて一私人に対抗することができないのにかかわらず、権力作用の主体である国家に対してのみ対抗し得るような奇観を呈することになる。
従つて、電話官庁の承認及び登録を対抗要件とする電話加入権についても前述の不動産の場合と同様の結論となり、この点に関する請求人の主張には理由がない。
(疏乙第二号証)
<省略>
3 行政事件訴訟特例法第十条第二項による公売処分執行停止命令申立事件に関する意見の開陳について
申立人 岩切克修
被申立人 天王寺税務署長
外一名
右当事者間の御庁昭和二十八年(行モ)第五号公売処分執行停止命令申立事件について被申立人天王寺税務署長は左記の通り意見を述べる。
記
一、申立人は本年八月八日付を以て本申立における被申立人大阪国税局長を天王寺税務署長に変更したが被申立人大阪国税局長の本申立に対する意見は御庁に対しすでに八月六日付大局徴収(一)第四二二号にて開陳せられているので此の意見と同趣旨を右の当事者変更後における本申立につき被申立人天王寺税務署長の意見として改めて陳述する。
昭和二十八年八月十日
右被申立人
天王寺税務署長大蔵事務官 雨森虎義
大阪地方裁判所第二民事部御中